さらにこちらでは
東京で消耗している人が田舎で癒されるかというと決してそんなことは無くて、田舎の方が消耗することは多いと思う。何故かというと、たいてい人間が消耗する理由というのはほぼ90%が人間関係で、その濃密な人間関係というものは東京よりも田舎の方が激しいと思われるからです。田舎から出てきてまた地元の田舎に帰るというのでなければ、たいてい、田舎の、濃密で、誰がどこで何をしたかというのがその日のうちに広まり、外から来た人間は三代住み着いてもまだよそ物扱いみたいな土地はたぶん東京よりもはるかに消耗する。東京での消耗だって、結局、上司とのそりが合わなかったり、理不尽なことをいう顧客だったり、果てのないクレームと追加仕事による労働地獄だったりするわけですけれども、田舎に引っ越すとそれが家族的親密さをもって、数倍の勢いで攻め込んでくると田舎に引っ越したエピソードによく書いてある。そして、そんな疲れた心を癒す消費グッズが何もないのだ田舎には。空気はおいしいけれども、おいしい空気で癒されるような、世界に対して注意力を持っている人間は、都会の朝焼けでも癒されただろうし、窓の外に広がる街頭のきらめきや、マンションの外側の階段でともる蛍のような煙草の火でも癒されるだろうし、人間そうみな詩人として生きているわけではない。
昭和二十年三月十日の(東京)大空襲から三日目か、四日目であったか、
私の脳裏に鮮明に残っている一つの情景がある。永代橋から深川木場方面の死体取り片付け作業に従事していた私は、
無数とも思われる程の遺体に慣れて、一遺体ごとに手を合わせるものの、
初めに感じていた異臭にも、焼けただれた皮膚の無惨さにも、
さして驚くこともなくなっていた。午後も夕方近く、路地と見られる所で発見した遺体の異様な姿態に不審を覚えた。
頭髪が焼けこげ、着物が焼けて火傷の皮膚があらわなことはいずれとも変りはなかったが、
倒壊物の下敷きになった方の他はうつ伏せか、横かがみ、仰向きがすべてであったのに、
その遺体のみは、地面に顔をつけてうずくまっていた。着衣から女性と見分けられたが、なぜこうした形で死んだのか。
その人は赤ちゃんを抱えていた。
さらに、その下には大きな穴が掘られていた。母と思われる人の十本の指には血と泥がこびりつき、つめは一つもなかった。
どこからか来て、もはやと覚悟して、指で固い地面を掘り、赤ちゃんを入れ、
その上におおいかぶさって、火を防ぎ、わが子の生命を守ろうとしたのであろう。赤ちゃんの着物はすこしも焼けていなかった。
小さなかわいいきれいな両手が母の乳房の一つをつかんでいた。
だが、煙のためかその赤ちゃんもすでに息をしていなかった。わたしの周囲には十人余りの友人がいたが、だれも無言であった。
どの顔も涙で汚れゆがんでいた。一人がそっとその場をはなれ、
地面にはう破裂した水道管からちょろちょろこぼれるような水で手ぬぐいをぬらしてきて、
母親の黒ずんだ顔を丁寧にふいた。若い顔がそこに現れた。
ひどい火傷を負いながらも、息の出来ない煙に巻かれながらも、
苦痛の表情は見られなかった。これは、いったいなぜだろう。美しい顔であった。
人間の愛を表現する顔であったのか。だれかがいった。
「花があったらなあ――」
あたりは、はるか彼方まで、焼け野原が続いていた。
私たちは、数え十九才の学徒兵であった。
「花があったら」-『写真版 東京大空襲の記録』から見えてくるもの
http://ihope.jp/tokyo-bomb.htm
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